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「なあ、シグナム」
はい、と応じればやわらかなまなざしが返る。日常の、家族の距離感に戻してよい、との合図にも似た。
「おやつ食べて行かへん?」
「はい」
「お、即答。ええね」
主思いの従者が、主に常々不足しがちな休息を促せるタイミングとあれば、逃す理由もない。
デスクの抽斗からそっと取り出だされたのは、可愛らしく仕立てあげられた包み、ひとつ。
「これは……どなたかに?」
「今日はそういうお祭りやったんよ」
「ああ、なるほど」
「はりきって作ったから、ちょお余ってしもうた」
「それはそれは」
「さすがに今夜はもう誰も来うへんやろ。余りもので悪いんやけど、手伝うてくれる?」
「Trick or treat?」
「あー、そうくるかぁ……」
ふふふ、と笑ってはやては晴れて正統な受取人となった悪戯者に包みを押しつけた。
†
「では、そろそろ」
「ん、そうか。」
夜通しの勤務に送り出すときの主の表情はいつまでも見慣れぬまま。
「――失礼します」
先ほどまで満たされていた珈琲の薫りを微かに引き連れて、後ろ髪ひかれる思いで執務室を後にするシグナムが振り返ったとき、はやてはてのひらをひらひらさせてあの頃のままの表情で笑っていた。
ああ、おそらくは自分も――。
翻し己を顧みて。烈火の将は常を取り直す。
†
ふと歩みを留めたのは、見知った顔と見合わせた故。
「シグナムさん――」
こんばんは、と会釈する声が、よくよく知るはずのそれと異なる気がしたのは、果たして気のせいであったのか。
「どうした、こんな夜更けに?」
局内を自由に出歩ける立場にないはずの姿も。
「ちょっと用事がありまして……」
えへへ、と誤魔化し笑みながら、ママたちの許可も取ってあるんですよ? などと訊かれもせぬうちに先回りをする。年甲斐超えた聡さも相変わらずといったところか。
「そうか」
「それでは、失礼します」
ぺこりと下げた頭で蜂蜜色の髪が弾んだ。少々勢い込んだ様子に、やはり普段とは違う印象を受けたものの、何食わぬ顔でのみこむ。
「……気をつけてな」
「はいっ」
小走りかくやと見誤るほどの速度で急ぎ足に遠ざかってゆく背を見送ってやりながら、ああそういえば今宵の主はもはや丸腰であったな、などと思い到って、改めて苦笑をのみこむ従者である。